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大阪高等裁判所 平成10年(う)309号 判決 1998年7月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四年に処する。

原審における未決勾留日数中五〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人須藤隆二作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は事実誤認の主張であり、本件は、殺害につき被害者の真意に基づく嘱託がある事案であり、嘱託殺人罪(刑法二〇二条)が成立する。そうでないとしても、被告人は、被害者の嘱託があると誤信して犯行に及んだもので、刑法三八条二項により、やはり嘱託殺人罪が成立するにとどまるのに、被害者による嘱託はなく、また、被告人は、被害者の真意を確認していないから、嘱託があると誤信したともいえないとして、普通殺人罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼす重大な事実誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

控訴趣意中、被害者による殺害の嘱託の有無について

一  原判決が摘示する関係各証拠によれば、本件犯行に至るまでの経緯、犯行状況及び犯行後の状況は次の1ないし10記載のとおりであって、ほぼ原判決が認定するとおりの事実を認めることができる。

1  被告人は、平成七年四月上旬ころから、風俗営業店「△△△」で稼働し始め、同月中旬ころ、被害者甲野太郎(当時二九歳)方へ派遣され、同人の指示するままに、黒い革手袋をしてその下腹部を殴打するプレイ(以下「殴打プレイ」ともいう。)をしたところ、同人に気に入られ、以来同人から指名を受け、被害者方に殴打プレイに赴くようになった。被告人は、同僚の従業員から、被害者は下腹部を殴打することを求める常連客で、現金八〇〇万円と引き換えに自分の殺害を依頼する変わった客である旨聞かされていた。

2  被害者は、その前年の平成六年八月ころから、あちこちの風俗店にSMプレイ(サディズム・マゾヒズムプレイ)をしてくれる男性の派遣を依頼し、自宅に男性従業員に来て貰い、二万円程度の金を払って、殴打プレイをしてもらい快感を得ていた。

被害者が求める殴打プレイは、概要、同人方の玄関に黒革手袋を下げておき、派遣された男がそれをはめて室内に入り、ときとして被害者が全裸になり、壁を背に立って、男に片手で口を塞いで貰いながら、拳骨で下腹部を何度も殴打されるというもので、「もう少しきつく殴って下さい。」、「殴ったあとこぶしを腹の中に入れるように押し込んで下さい。」などと殴り方にも色々と注文を付け、途中休憩を挾んだりして、小一時間にわたり、男が殴り疲れるまで続けるというものであった。

3  被害者は、平成七年四月二五日ころ、被害者の指名に応じて同人方を訪れた被告人が、いわゆるオウム真理教の幹部が暴漢に刺殺されたことを口にしたところ、被告人に対し、右事件の写真が掲載された新聞を出してきて、「僕もこういう風にして、殺して欲しいんですよ。格好良いと思いませんか。」と言い、さらに、「頼みがあるんですよ。」と言いながら、台所から包丁を持ち出し、自分の腹を刺す真似をしながら、「こういう風にバサーッと刺してもらえませんかねえ。」などと頼み、被告人がこれを拒絶しても、右新聞写真を指さしながら、「お金出しますから、こんな感じで殺して欲しいんですよ。」などと依頼し、右依頼の理由を尋ねる被告人に、「何でかと言われてもよくわからないんやけど、何か格好良く殺されたいというのがあるんです。」などと話し、さらに、財布からキャッシュカード三枚を取り出して、「ここに全部で八〇〇万円くらい入っているんですよ。僕を殺した後、乙野さん、下ろしに行ってもらえませんか。」などと言って殺害を依頼したが、被告人はその申し出を断った。

4  被害者は、同月二七日ころ、被告人が被害者方に赴いた際も、被告人に対し、「この前言うとった話ですけど、どうしても無理ですか。」などと尋ね、これを断られると、その下腹部に成傷された約三ないし五センチメートルの三カ所の切り傷を見せ、「自分でやりました。ここに乙野さんに包丁でグサーッと刺されていることを考えとったら、もう我慢できないんですよ。乙野さん、お願いですからグサーッとやってもらえませんか。」などと言ったうえ、再び現金授受の話も持ち出した。この現金話に興味を持った被告人が、被害者の殺害依頼に乗った振りをしてキャッシュカード三枚を預かり、翌二八日午前九時ころ、右カードで預貯金を引き出そうとしたが、十数万円しか残高がなかったり、取扱いが停止されていて、現金を入手できなかった。そのようなことがあって、その後しばらくの間、被害者は、被告人の店に殴打プレイの依頼をしてこなくなった。

5  被害者は、同年一〇月初めころから、再び被告人に殴打プレイの依頼をするようになったが、同年一一月上旬ころ、被害者方に赴いた被告人に対し、再び殺して欲しい旨申し入れ、被告人に拒否されると、「今度はキャッシュで用意しますから、お願いできませんか。」などと言って殺害を依頼した。被告人は、いなすように、「やってもかまへんで。金ができてからやな。」などと話した。

6  被害者は、同月一五日ころ、店で待機している被告人に電話し、「前に言っていたお金できました。二二日にお願いできますか?」、「バッサリやって欲しいんです。お腹に入ってるもん全部出して殺して欲しいんです。」などと言った。被告人は、そばに同僚がいたため、「分かりました。」などと生返事をして電話を切ったが、被害者が真実現金を準備できたのであれば、同人を殺さないで同人から現金だけを手に入れることができないかなどと思い悩むとともに、現金入手後の使途についてあれこれ思いを巡らすようになった。

7  被害者は、同月二一日午後八時ころ、被告人を指名して被害者方に呼び出し、犯行の前日に呼んで一番に疑われてしまうと文句を言う被告人に対し、「明日どうするか決めたいと思って呼んだんですよ。」、「乙野さんのことは大丈夫です。乙野さんの電話番号を書いたものも、『△△△』の店の電話番号を書いたものも、みんな捨てました。」などと、自分を殺害しても被告人に嫌疑がかからないようにしている旨告げるとともに、「お金はコインロッカーに置いています。」、「明日、やってもらう時にコインロッカーの鍵を渡します。この鍵を渡すときに、別に乙野さんに三〇万円を渡します。その三〇万円は、乙野さんができへんかった時とか、私がキャンセルした場合のどっちにしてもその三〇万円は乙野さんが取っといてもらっていいですから。」と言いながら財布の中の現金とコインロッカーの鍵を示し、「コインロッカーの中に残りの八百三、四十万の金が入っています。それは僕が死んでから取りに行って下さい。」などと現金の支払方法の説明をするとともに、通信販売で買い求めて準備していたサバイバルナイフで自分の下腹部を切る真似をしながら、「ダーッと切って、中に入ってるもん全部出して欲しいんです。」などと殺害を依頼した。被害者と被告人は、殺害はガムテープで被害者の両手を縛り、口にタオル等を含んで声が外部に漏れないようにした上で行うことなどを取り決めたが、その際、被害者は、「格好良いですねえ。明日僕乙野さんに殺されるんですねえ。無茶苦茶興奮してきたわ。早く明日にならへんかなあ。」などと嬉しそうに言うので、被告人は、話を合わせるため、「これで明日バッサリやったるから。明日まで待っときや。」、「俺のこと恨まんといてや。化けて出てもしゃあないで。どうせ化けて出るんやったら、夢枕に立って宝くじでも当ててや。」などと茶化すと、被害者は、被告人に対し、「宝くじは無理ですよ。競馬くらいやったら、いけるんちゃいますか。」などと話した。被害者は、被告人が、帰り際に、「明日ホンマにやるんやったら、ドアの所に手袋出しとったらええで。やめるんやったら手袋出さんといて。」と言うのに対し、「やめるわけありませんよ。」と返事をしたが、なおも被告人から、「ギリギリでもしやめるとなったら手袋出さんといてな。」と言われ、「分かりました。」と言った。

8  被告人は、翌二二日になっても、現金は欲しいが人殺しはしたくないなどとためらっていたが、同月二三日午前二時五〇分ころ、現金欲しさの余り、被害者自らが殺して欲しいと言ってそのためのナイフも用意していると自らに言い聞かせ、被害者を殺害して現金を手に入れようなどと考え、同日午前三時過ぎころ、被害者方に赴き、玄関の新聞受けに差し込まれていた黒色の革手袋を見て、「やらなあかんのやな。人殺しせなあかんのやな。八〇〇万入るのやなあ。甲野さんを殺して八〇〇万入るんや。」などの思いが頭をよぎる中、その手袋をして同人方に入った。

9  被害者は、奥六畳間のこたつ台の上に、ガムテープ、サバイバルナイフ、財布、コインロッカーの鍵等を置いて、パジャマ姿で座っていたが、被告人は、被害者に出して貰った缶ビールを二口位飲んでから、「ホンマにかまへんねんな。」と聞いたところ、被害者は、「お願いします。」などと返事をし、被告人に現金三〇万円とコインロッカーの鍵を渡し、コインロッカーの所在地を教えるなどしたあと、トレーナーに着替えた被告人にガムテープで両手を後ろ手に緊縛され、軍手様手袋を含んで閉じている口をガムテープで貼られ、その場に立ち上がらされた。被害者は、被告人から、再度、「ホンマにええんか?」と尋ねられたのに対し、軽く顎を下げ「うーん」と言って、いつもの殴打プレイをする場所に行って、壁を背にして立った。

被告人は、被害者がうなづくなどしたのを見た後、同人が用意していた刃体の長さ約一八センチメートルのサバイバルナイフを手に取り、左手で被害者の右肩を上から押さえるようにして、その右肩が後ろの壁に当たるように押しつけ、「成仏しいや。」と声を掛けると、被害者が目をつぶり、うなずいたので、殺意をもって、委細構わず、右ナイフでその下腹部を一回突き刺し、そのまま右ナイフを上方に向けてかき上げるように突き刺して、同人に腹部刺創の傷害を負わせ、そのころ、同所において、同人を右刺創による右総腸骨動静脈切破に基づく失血により死亡させて殺害した。

10  被告人は、犯行当日の夜、被害者に教えられたコインロッカーに現金を取りに行ったが、中は空であり、結局、大金を手にすることはできなかった。

なお、被害者が、犯行当日、被告人に渡した三〇万円は、犯行の四日前の一一月一九日、いわゆるサラ金から二八万円を借り受けたりして用意したものであった。

二  右認定事実によれば、最後の、コインロッカーに約束した現金が入っていなかったという点に若干の疑問は残るが、長年殴打プレイ、SMプレイにのめり込んでいた被害者が、いわば究極の被虐行為として、被告人に対し、自己の下腹部をナイフで刺すという方法で殺害を依頼した可能性は十分にあるというべきである。

然るに、原判決は、被害者の殺害依頼はその真意に基づくものとは認められないとして嘱託殺人の成立を否定している。真意に基づくものとは認められない理由として原判決が説示するところは次のとおりである。「被害者が被告人に依頼した殺害の方法、態様は、殺害依頼を始めた平成七年四月ころの時点においても、現金と引き換えに、いわゆるオウム真理教の幹部刺殺事件を模倣し、刃物で下腹部を突き刺して殺して欲しいという奇妙なものであったが、被害者は、同年一一月ころからは、あらかじめ購入したサバイバルナイフで下腹部をかき切って臓器を全部摘出して殺して欲しいなどと、より残虐な態様で殺害されることを求めるようになり、右の手段、態様で殺害されることにこだわって、これを期待し、興奮している言動を見せていたものである上、被害者は、勤務先における成績も良好で、上司の評価も高く、また、趣味のエアロビクスに熱中するなど、健康面において何ら異常な点はない上、有効期間が平成七年一〇月三一日から平成八年一月三〇日までの通勤定期券を所持するなど、本件犯行当時、公私にわたって、被害者には真に死ななければならないような特段の事情が何ら見当たらないなど、被害者の通常の日常生活上に、特に死を決意するだけの事情がなかったと認められることなどを考慮すると、本件における被害者の被告人に対する殺害の依頼は、通常なされると考えられる殺害の嘱託と著しく異なったものであり、殊に被害者が右のような殺害手段、態様に執着し、それ以外の方法で殺害されることを全く考えていなかったことなどにかんがみると、被害者がナイフで下腹部を刺されれば死亡する蓋然性があることをまったく認識していなかったとはいえないものの、それ以上に、被害者自身が死亡することの意義を熟慮し、死の結果そのものを受容し、意欲していたものではない」から、「被害者の殺害依頼がその真意に基づいてなされたものとは認められず、刑法二〇二条後段の『嘱託』に該当しない…」というのであり、これを要するに、<1>依頼内容が、刃物で下腹部を突き刺す方法に執着した奇妙なものであること、<2>被害者は、勤務先の成績が良好で、上司の評価も高く、また、エアロビクスに熱中するなど健康面に異常はなく、翌年まで有効な定期券を所持していたこと等から考えても、真に死ななければならない特段の事情が見当たらないこと、<3>被害者自身が死亡することの意義を熟慮し、死の結果そのものを受容し、意欲していたものでないこと、の三点を挙げているのである。

確かに、被害者に真に死ななければならないような事情が見当たらないことはそのとおりである。しかし、前記認定事実によれば、被害者は、下腹部を殴打してもらうというSMプレイが高じて、いわば究極のSMプレイとして被告人に対し本件刺突行為を依頼したものと認めるのが相当である。それだからこそ被害者は、下腹部をナイフで刺すという方法に執着したのであって、奇妙な方法に執着したからその依頼は真意に基づくものではないとするのは当を得たものではない。

次に、被害者自身が死亡することの意義を熟慮し、死の結果そのものを受容し、意欲していたものではないとする点については、そのような認定を否定することはできないが、もしそうだとすると、右のとおり被害者は、究極のSMプレイとして下腹部をナイフで刺すことを被告人に依頼しながら、その結果惹起されるであろう死の結果はこれを望んでいないという心理状態にあったわけである。しかし、死の結果を望んでいるか否かは必ずしも嘱託の真意性を決定付けるものではないというべきである。勿論、自己が依頼した行為の結果が死に結びつくことを全く意識していない場合は「殺害」を嘱託したことにはならないだろうが、死の結果に結びつくことを認識している場合には、たとえ死の結果を望んでいなくても、真意に基づく殺害の嘱託と解する妨げとはならないとすべきである。そして、本件の被害者は、ナイフで下腹部を突き刺す行為が死に結びつくことは十分認識していたと認めるのが相当である。原判決が「被害者がナイフで下腹部を刺されれば死亡する蓋然性があることをまったく認識していなかったとはいえない」としているのは、その表現が消極的であるが、同旨の説示をしているものと認められる。

以上、要するに、被害者は、死の結果に結びつくことを十分認識しながら、いわば究極のSMプレイとして、下腹部をナイフで刺すことを被告人に依頼したものであり、真意に基づいて殺害を嘱託したものと理解する余地が十分にあるといわなければならない。

三  右のとおり、原判決が被害者の殺害依頼はその真意に基づくものではないとした理由には疑問があり、結局右依頼は被害者の真意に基づくものと認めるのが相当であるが、なお若干の疑問点について付言すると、

1  被害者が用意しているという八〇〇万円余りの現金がコインロッカーに入っていなかったのであるから、被害者は死ぬことを考えてはおらず、したがって被告人への殺害依頼も真意に基づくものとはいえないのではないかとの疑問がある。殺害依頼は真意であり、現金を用意しているというのは嘘だったというのでは一貫性がないからである。しかし、逆に、死ぬ気持があれば必ず現金を用意していたかといえば必ずしもそうとはいえないし、そもそも被害者が被告人に殺害を依頼したのは真の意味で死ななければならない事情があったからではなく、前記のとおりSMプレイが高じた結果であるから、八〇〇万円が入っていなかったという事実が、殺害依頼の真意性を必ずしも左右するものとはいえない。

2  被告人が本件犯行に及んだ動機に、被害者が用意しているという右八〇〇万円余りの現金の存在があることは明らかであり、被告人は、殺害を依頼されたためというよりも右の現金欲しさに本件を敢行したものとみるべきではないかとの疑問がある。検察官の主張がそうであり、原判決も量刑の理由の中で「被害者から殺害を依頼されたのに乗じ」て本件犯行を敢行したものと認定している。しかし、いずれも殺害の依頼が真意に基づくものではないことを前提とした立論であるところ、もし、被害者の依頼がその真意に基づくものであるならば、右八〇〇万円の存在は、本件犯行の動機というよりも、被告人が被害者の依頼に応ずることを決断した動機に過ぎず、多額の金銭が絡んでいるという意味で動機に不純さはあるが、嘱託殺人の成立を妨げるものではない。

3  なお、被告人は、捜査段階において、被害者が本当に殺されたいと思って頼んでいるのではないことは分かっていたが、その依頼に応ずるかのように装って殺害した旨の供述をしており、公判段階では極力その点を否定しているが、仮に被告人が捜査段階で述べたような心理状態で本件犯行に及んだものであるとしても、被害者の真意に基づく嘱託が存する以上、嘱託殺人は成立すると解すべきである。

四  以上のとおりであって、本件においては、殺害につき、被害者の真意に基づく嘱託があるのに、これに反して、被告人に対し、普通殺人罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり、その余の所論について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により直ちに当裁判所において自判すべきものと認め、さらに次のとおり判決する。

(犯行に至る経緯及び罪となるべき事実)

原判示「犯行に至る経緯」の後ろから三行目以下の「『お願いします。』などと答えたため、同人が真意に基づいて右返答をしたか否か分からないまま、同人を殺害しようと決意した。」とあるのを「『お願いします。』などと答えたため、右依頼に応じて同人を殺害しようと決意した。」と、原判示「罪となるべき事実」末行の「により死亡させて殺害したものである。」とあるのを、「により死亡させ、もって同人の嘱託を受けて同人を殺害したものである。」とそれぞれ改めるほかは、原判決摘示のそれと同一であるから、右のとおり改めた上、これらを引用する。

(証拠の標目)

被告人の当審公判廷における供述を付加するほか、原判決が「証拠の標目」の項に挙示するとおりであるから、これらを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇二条に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中五〇〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、いわゆるSMプレイが高じて、大金をやるから自分の下腹部を刺してくれと懇願する被害者の執拗な依頼に応じ、その大金が手に入ると思い込み、被害者の指示するまま、ガムテープなどで被害者を縛り上げた上、サバイバルナイフでその腹部を深々と突き刺し、かき上げて殺害した嘱託殺人の事案であり、いかに被害者の懇願があったとはいえ、大金を得るためには殺人も辞さないその姿勢は、人命軽視も甚だしく、風俗営業店の従業員とその客との間で行われた悲惨な事件として、その社会的影響なども軽視できず、被告人の刑事責任はやはり重大である。他方、被告人が本件を真摯に反省、悔悟していること、前科は罰金刑二犯だけであること、未だ三六歳で、人生をやり直すことが十分可能であること、被告人の母と弟が被告人の更生に協力する旨誓っていることなど被告人に有利に斟酌できる事情もある。

そこで、以上の諸事情を総合考慮し、主文の量刑が相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋金次郎 裁判官 白神文弘 裁判官 久我泰博)

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